東京都台東区浅草。
ちょっと前に浅草周辺のゲームスポットを巡りまくった時(第46回・第47回・第48回)に、いくつかの筐体喫茶が閉店しているのを現認してしまった。
Googleマップで“閉業”などと書かれているのを発見しては夜な夜なうめき声を上げていたりするものの、実際にこの目で見るまでは……とささやかな抵抗をしていたが、いつまでも現実に目を背けてはいられない。
例えば、浅草6丁目海道通り沿いの喫茶店『セブン』。暑い夏の盛りにテーブル筐体で食べるクリームアヅキは最高だった。看板も下ろされてしまっていて、気づかずにうっかり前を通過したくらい面影が何もなくなっていた。とても悲しい。
さらに、そこから歩いて5分ほど。旧日光街道の裏路地で営業していたのが『純喫茶 ニューキャノン』だ。
地元の顔なじみが憩う感じの小さな喫茶店。それゆえに一見客にはややハードル高めだったが、奥の方にはジャレコ製のテーブル筐体『テーブルポニー』が置かれていた。改めて訪ねてみたらまったく別のお店に変わっていた。
軽く目を離した隙に突然閉店してしまうのが老舗喫茶店の恐ろしいところだ。チェーン系カフェの台頭、コロナ禍による売上の減少、あるいはマスターの突然の不幸など様々に理由はあるが、後継者のいない一代限りの経営は、ある日ある時プツリと糸が切れるようにお店を開ける意欲を喪失してしまったりするものなのだ。
なんともやるせないな……と肩を落としながらトボトボといま来た道を戻る。そしてふと気づいた。
まてよ……他の『キャノン』は今どうなっているのか。
ニューキャノンから旧日光街道を山谷方面に7分ほど歩くと、交差点の角のいい場所に喫茶店がある。その名は『純喫茶 キャノン』。
よかった、こっちはまだやってた。
ホワイト系統でまとめられた店内の照明は柔らかく居心地の良さを感じる。わりと広めのフロアの奥の方にはテーブル筐体が1、2……3台。誰も座っていないのでそこにしようかと座りかけるが一瞬躊躇して、3台のテーブル筐体全体が見える隣の席に腰を下ろした。
注文を済ませ、改めて店内を見回してみるとお客さんがポツリポツリと間隔を空けて座っていた。にぎやかに歓談する普段着っぽい中年女性2人組。食い入るように新聞を見つめる目付きの鋭い男性。ハンチングを被った白髪の老人はじっと目を瞑ったまま微動だにしないが、テーブルの灰皿からはタバコの紫煙が立ち上っていた。皆さん思い思いに喫茶タイムを満喫中のようだ。
さて。
『純喫茶 キャノン』と閉店してしまった『純喫茶 ニューキャノン』。店名といい2店舗間の距離といい、おそらくは系列店と推測される。そして決定的と思われるひとつの共通点がある。
それが先程も名前の上がった『テーブルポニー』だ。
1985年に発売されたジャレコのミディタイプ筐体「ポニー マークⅡ」の流れをくむ『テーブルポニー』が誕生したのは1987年のこと。コントロールパネル部と筐体を一体化したスタイリッシュなデザイン。天板の角がカットされた長辺の長い八角形が実にスマートだ。天板面の実寸は通常のテーブル筐体と大差ないが、コンパネ一体型筐体の効果でより広く見えるのも特徴的といえる。1988年にはモニタを18インチから25インチに換装した新型モデルが発表され、奥行きがさらに10センチほども広くなった。
この頃、ビデオゲーム業界のトレンドはミディタイプと呼ばれるモニタが斜めに立ち上がった筐体へと移行していた。つまり1988年の「テーブルポニー25」やセガの「エアロテーブル26」あたりは業務用テーブル筐体の最後期にあたる。となると、生産数もミディタイプと比べて抑えられたであろうことは想像に難くない。
そんないまとなってはレアなテーブルポニーが、この至近距離の2軒の喫茶店に置かれているなど、ただの偶然とは思えない。系列店と考えるのが妥当だろう。
いっそ店員さんに聞いてみるか。あちらが閉店した今こそ自然に聞き出すチャンスなのでは……などとホットコーヒーをすすっているとタイミングよくチーズトーストが到着。だが、あの~と声を掛ける暇もなく、ついと戻って行ってしまった。
トーストを一切れ持ち上げる。少し焦げ目の入ったたっぷりチーズが糸を引いて焼きたてをアピールしてくる。頬張ればシンプルな旨さが広がり、同時に声掛けに失敗したモヤモヤが一瞬で雲散霧消した。う~ん、最高。
店内に3台あるテーブル筐体のうち、1台がテーブルポニーで、残りはオーソドックスなテーブル筐体。珍しいのは全台が常時電源オンで稼働中という点だ。常に電源が入っているということは実際のプレイ率も高いということ。このようなケースではその台に常連が付いている可能性があるということも考えられる。となるとプレイする気満々ならばいいが、ゲームもしないのに陣取るのは少々考えものだ。せっかく麻雀ゲームを楽しみにやってきた常連をがっかりさせるのも忍びないではないか。一見の客としてそのくらいの気遣いは欲しいところ。
隣の席から観察するとテーブルポニーにだけインストラクションカードが入っているようだ。『麻雀外伝』(セントラル電子/1987)。実はニューキャノンにあった2台のテーブルポニーのうちの1台に挟まっていたインストも『麻雀外伝』のものだった。
この3台が30年以上そのまま置かれているとすると、業者からのリースというより一括購入して各店舗に配置したと考える方が自然だろう。となると、閉店したニューキャノンの2台のテーブルポニーは一体どこにいったのか。またしても暗い考えが頭をよぎる。
ここまで『純喫茶 キャノン』『純喫茶ニューキャノン』は同じ系列店ではないかと推測しその前提で話を進めてきた。しかし中には「いやいや、たったそれだけで同系列とは言い切れないでしょ。偶然だってあるし」とお考えの方もいるかもしれない。
よろしい。
ではもう一軒、お付き合いいただこう。
場所は隅田川を挟んだ向こう側、東武伊勢崎線の東向島駅。
明治通りと水戸街道が交差する東向島交差点の角というこれまた良い立地にあるのが『喫茶キャノン』だ。
キャノンだらけでややこしいので、便宜上“向島キャノン”と呼ばせていただく。
ニューキャノンより広いがキャノンより狭いという店内は、喫煙可の上記2店に輪をかけてヤニ臭い。汚いというわけではないがかなり年季が入っている印象だ。
やはり奥の方にテーブル筐体が集結しており、電源が入っていないのを確認してそのうちの一台に陣取った。お冷を運んできた白髪の店主さんらしき男性に注文を告げる。なんか“東浅草キャノン”のマスターに似てる気がする。ニューキャノンは女性店主だったと思うのだが、なんらかの関係性があるんだろうか。
この“向島キャノン”には、なんとテーブル筐体が5台も置かれている。全10席中の5席をテーブル筐体が占めるという驚異の占有率を誇る。
そのうちの4台が、実は『テーブルポニー』なのだ。
地図でそれぞれの所在地を確認するとこのようになる。
隅田川を挟んで台東区と墨田区に別れてはいるもののこの距離感で密集し、なおかつ3店舗ともにテーブルポニーがあるというのはもはや偶然ではなく必然だろう。
きれいに証明を終えたところで、ワンオペ店主がゆっくりチョコレートパフェを運んできてくれた。アイス、生クリーム、チョコシロップ、缶詰みかんの超シンプル構成だが、多すぎず少なすぎず食後のデザートにほどよい味と分量。これで500円ならなんの文句もない。
以前“向島キャノン”を訪れた時は、通常タイプのテーブル筐体でおじさんが麻雀に熱中しているのを見かけた。たしかその時もテーブルポニーに電源は入っていなかったと思う。今日は全台が電源オフで、店内の客は私とおばあさんの2人だけで極めて静かだった。
キャノングループのテーブル筐体はすべて麻雀ゲーム仕様でレバーとボタンがついたコンパネなどない。だがもっと昔はどうだったのだろう。インベーダーブームの時代から営業しているのかどうかはわからないが、キャノンに麻雀以外のゲームがあるイメージがまったく浮かんでこない。
ニューキャノンが閉店し、これからグループは2軒で支えていくことになるワケか。観光客や一見の客が多く訪れるお店ではないし、近隣の常連に依拠せざるをえないとなるとなかなかに心細いものがある。私とてそんな頻繁にここまで来れるわけでもない。
モヤモヤと答えの出ない街喫茶限界説を妄想の中でこねくり回し、ついでにパフェもほじくり返していると、ふと“キャノン”と“キヤノン”どっちが正解だろう? という疑問が頭をよぎった。
……まぁ、どっちでもいいか。
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