東京都品川区大井町。
仕事の打ち合わせの相手と駅前で別れてから、んーとひとつ大きく伸びをする。
初めての打ち合わせはいつだって緊張するものだ。
昨今はオンラインでの打ち合わせが増えたが同じように緊張するし、正直バックれてしまいたい気分になることもよくある。
そんな永遠に苦手意識の抜けない打ち合わせもなんとか滞りなく終わり、肩の荷が下りた。仕事が始まるのはこれからだけど。
ホッとしたら腹が減ってきた。井之頭五郎みたいだが、実際そういうものらしい。
大井町はあまり来る機会がないエリアだけど、どこか気になるお店はあったっけな。
あー、そういや前に行った「鳥貴バーガー」がここから近かったハズ。ちょうどそこの角を曲がったところに……あれ? 自転車屋? もしかして閉店した?
「鳥貴バーガー」は焼き鳥をメインとする居酒屋チェーン・鳥貴族が2021年にはじめた新業態。自慢の鶏を活かしたチキンバーガーで自信満々ハンバーガー業界に殴り込みをかけてきたものの、案外というかやっぱりというか苦戦を強いられた。
旗艦店の渋谷店が早々に閉店したあたりからなんか嫌な予感がしていたが……。
どうやら現在残っているのは京都の一店舗のみらしい。一旦仕切り直して体勢を立て直すことができるのか、それともこのまま消滅してしまうのか。注目しておきたい。
うーん、そうなるとあそこしかないかなーと線路沿いにある「牛八」へ向かう。
東京に数店舗を展開した牛丼店“牛友チェーン”を離れた店主がそのまま営業を続けていたが、牛友チェーンの方が先に倒産。先代から引き継いだ現店主が「牛八」として味を守り続けている牛丼とカレーの店だ。
茗荷谷「丼太郎」や新宿「たつ屋」、あるいは大阪日本橋のフランチャイズ店の1店舗を残し、消滅寸前から奇跡の東京凱旋を果たした「東京チカラめし」などと同様にチェーン店のラストワンは何故だか日本人の心を打つようで根強いファンがお店を支えている。「鳥貴バーガー」も諦めずにしぶとく続けていればきっと報われる日が来るんじゃなかろうか。
名物メニュー・スタミナカレーでいい具合に満腹になって駅に向かいかけたところでふと足を止める。
そういや大井町といったら『喫茶室マロニエ』があるじゃん。しばらく行ってなかったし軽くお茶してから帰ろうか、と踵を返す。
『喫茶室マロニエ』は駅から歩いて数分のところにある喫茶店。
テーブル筐体が置かれた“筐体喫茶”だが、なぜかいつ行ってもほとんどお客さんがいない。そのぶんゆっくりできるので今日のように緊張したあとは落ち着いていいかもしれない。
中央西口のランドマークである阪急大井町ガーデンを抜け、雑居ビルやマンションにぎっしり覆われた路地を進んで三ツ又商店街に出たところにお目当ての……あれ? 道間違えたかな。確かこの角を曲がったこの辺に……。
え、うそ、またこのパターン?
『喫茶マロニエ』があった場所は木板が打ち付けられ南京錠がかかっていた。
前々回も久しぶりに訪れたコインランドリーが更地になっていたが、今年は“行ってみたら閉店してました”パターンが多すぎやしないか。
マロニエは地下にある喫茶店で、入口を覗くと地下へとぱっくりと開いた階段がなんともいえず入りづらいお店だった。思い切って下りてみると地下フロアは意外に広いゆったりした造り。しかしいつ行ってもお客さんが全然いなかった。お客さんだけでなくお店の人も見当たらないので、厨房の方に一声をかけてから着席するのが常だった。
しばらくするとやってくるお店の方に注文を伝える。店内を見渡すと人気のない様子はどこか昔のアドベンチャーゲームを思わせた。飾り気がなくテーブルの上にはメニューも調味料も置かれていないからそう見えるのかもしれない。やたらと鏡がかけられているのも特徴的だ。
テーブル筐体は厨房寄りの奥側に3台、少し離れたところにぽつんと1台の計4台。すべて麻雀コンパネだが、ボタンが脱落していたりガムテープが貼られていたりしてどう見ても動きそうな様子ではない。1台だけ離れた場所にある筐体には椅子も置かれておらず、配置からしてもお客さん用の座席ですらないようで置き場所がないからとりあえずココに置いた感じ。
4台のうち3台のインストラクションカードは『ロイヤルマージャン』(ロイヤル電子・日本物産/1982)。「ジャンピューター」インスパイアとして初期ニチブツを代表するヒット作で、同社販売のスーパーファミコンソフト「麻雀繁盛記」にもひっそり移植されている。この名作が長らく訪れるお客さんを楽しませてきたことだろう。
最後にマロニエを訪問したのは去年の8月のこと。
渋谷のNintendo TOKYOで「コントローラーボタンコレクション」ガチャを回したあと、近くの銭湯が開くまでの時間潰しにふらりと入った。当たり前のように誰もいなかったので、テーブルの上にカプセルを広げて開封作業に勤しんだのである。スーファミコントローラーがダブりまくってショックだったのは今でも強く覚えている。
地下フロア特有の饐えた匂いも相まってより異質な空間に感じられた。静まり返った店内とカビのような匂いは廃墟にでもいるような錯覚を起こさせる。階段を上がって地上へ出たら、人類は滅亡して荒廃した都市が広がっているんじゃ……などと妄想してしまうような現実感の喪失。これじゃレトロ興味で入ってきたお客さんもリピーターにはなりにくいんじゃないかなーと思いつつも、私自身は浮き世離れした感じが密かに気に入っていたのだった。
いまこうして目の前から綺麗サッパリ消失した現場を眺めていると、「本当にここに喫茶店があったんだっけ?」とすら思えてくる。タヌキかキツネにでも化かされた気分だ。
そういえば。
ここから京急線の立会川駅を越えてちょっといった南大井に『菊地商店』という駄菓子屋があって、そこもどこかマボロシのようなお店だった。
入口入るとごく狭い小さな駄菓子売り場があって、その奥にひっそりとゲームコーナーがあった。埃をかぶったネオジオ筐体SC-19の庇が丸いタイプが4台、アストロシティが3台、さらにはテーブル筐体や駄菓子屋ミニアップライト、10円ゲームなどが勢揃い。表からはその様子が見えづらく、子どもたちの隠れ家のような雰囲気だった。
『ファイナルファイト』『ボンバーマン』が1プレイ50円。テーブル筐体に入っていたなんか気味の悪いパックマンのデッドコピー品は1プレイ20円。
ミニアップライトのゲームも20円だが、見たことがない韓国製のベルトスクロールアクションゲームだった。
こんな駄菓子屋の奥の狭くて薄暗い部屋で素性のよくわからないゲームに出くわした衝撃は今も脳裏に強く焼き付いている。
お店を出た後もなんか地に足がつかないフワフワしたような感覚が残り、本当にそこにお店があったか何度も振り返ってしまった。
そんな『菊地商店』も、2024年9月に本当に姿を消してしまった。
ここ数年あちらこちらのスポットを散歩してきて痛切に感じるのは、もはや止めようのない消失の連鎖だ。いつまでもあると思うな貯金とお店。後悔先に立たずを胸に、老境の散歩はこれからも続いていくのである。
毎度、閉店閉店と辛気臭い話題ばかりで恐縮です。
とりあえず今日のところは、災難からこの地を護ってきた天狗様を祀る大井蔵王権現神社で手を合わせてから帰ることにしよう。くわばらくわばら。
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