【第21回】思い出のMSX、現役MSX、レアなMSX!!

 これまで、懐かしの名作ゲームを中心にご紹介してきた連載コラム『髙橋ピョン太のおニューもレトロも』ですが、このたびリニューアルし、ゲームだけでなくレトロなコンピューターも積極的に取り上げていくことになりました。改めまして、どうぞよろしくお願いいたします。

 リニューアル第1弾のテーマは『MSX』です。MSXは、厳密にはコンピューター名ではなく米マイクロソフトとアスキー(後のアスキー・メディアワークス)によって提唱された、8ビットパソコンの共通規格の名称です。1983年にMSXが提唱されたことにより、世界各地の複数メーカーからMSX規格に準拠したパソコンが発売されました。MSXはその後も上位互換性を保ちながら進化を続け、1985年にはMSX2、1988年にはMSX2+、1990年には16ビットのMSXturboRが新たな規格として登場しました。今回は、それらをまとめてMSXパソコンというくくりで、私自身が実際に体験したMSXに関するエピソードを中心にご紹介したいと思います。個々のMSXパソコンについての詳細やレビューは、すでにインターネット上でたくさん公開されていますので、MSXについてよりくわしく知りたいという方はそちらを参照ください。特にWikipediaのMSXの項目はオススメです(他力本願)。

 

MSXは生涯の友達

 

 ではまず、こちらの写真をご覧ください。

 

開発者向けMSXパソコンはベニヤ板上に設置されていました。

 

 少し粗い画像で恐縮ですが、これはMSXパソコンが市販される前、1983年の夏頃だったと記憶していますが、ソフトハウス各社に配布された、実機と同等性能の開発者向けMSXパソコンです。なんと、ベニヤ板の上に電源(左上)と本体基板(右上)、そしてキーボードがむき出しの状態で設置された、ソフトウェア・周辺機器開発用MSXパソコンでした。

 私は当時プログラマーで、『スパイ大作戦』など自作ゲームをPONYCA(ポニーキャニオン)で販売してもらっていた関係から、アスキー → PONYCA経由でこの開発者向けMSXパソコンをお借りしました。というより、「これで某アイドルのゲームを作ってほしい」と渡されたものでした。そのため、開発者向けMSXパソコンをアスキーが各社に直接配布したのか、PONYCAがアスキーから購入したのかは定かではありませんが、しばらくの間、私は無償でこれをお借りしていました。

 

MSXとは?

 

 MSXは1983年6月16日、東京・大手町の経団連会館にて開かれた記者発表”MSX・互換性のあるホームパーソナルコンピュータシステム発表会”にて初めて公式発表されました。

 

記者発表の様子。西氏の熱い解説が話題になりました。(出典:月刊アスキー1983年8月号)

 

 記者発表は、当時アスキーの副社長でありアスキー・マイクロソフト(マイクロソフト極東総代理店)の社長だった西和彦氏を筆頭に、米マイクロソフトからビル・ゲイツ氏が来日し参加、メーカーからも松下電器産業(現:パナソニック)やソニー、日本電気を始め、MSX規格に賛同するキヤノン、京セラ、ゼネラル(現:富士通ゼネラル)、三洋電機(現:パナソニックが吸収)、東芝、日本ビクター(現:JVCケンウッド)、パイオニア、日立製作所、富士通、三菱電機、日本楽器製造(現:ヤマハ)等々の経営首脳がひな壇の上にずらりと顔を揃える驚愕の発表会でした。

 発表会では、MSX規格に関する説明やMSXの存在意義、今後の展開などについて解説が行われましたが、将来市販される予定のハードウェアについては具体的な発表はありませんでした。

 

MSX規格の主要共通項目

 

・ MSX-BASICを標準搭載(32KB)
・ CPUはザイログ Z80A(3.58MHz)相当
・ 64KBのアドレス空間(基本RAMは8KB以上)、バンク切り替えによる拡張が可能
・ VDP TMS9918A相当 テキスト・スプライト表示可能
・ PSG音源 AY-3-8910相当
・ ROMカートリッジスロットを1つ以上搭載

 

 実際にMSX規格に準拠したパソコンが市場に投入されたのは、その年の秋でした。10月21日に発売された三菱電機の『ML-8000』を皮切りに、10月25日には三洋電機の『MPC-10』、11月から12月にかけては年末商戦に合わせて各メーカーから続々と登場しました。

 このタイミングで、私は前述の開発者向けMSXパソコンをPONYCAに返却し、実際に製品版を購入することにいたしました。どのメーカーのパソコンも互換性があり、自由に選べるという感覚は、それまでのパソコン購入の常識を覆す新しいものでした。とはいえ、ユーザーは何を基準に選べばよいのか、メーカー側も他社との差別化をどう図るべきか、非常に悩ましい状況だったと記憶しています。

 とにかく一刻も早く製品版がほしいので、やはり最初に購入候補として考えたのは三菱電機のML-8000と三洋電機のMPC-10でした。

 

三菱電機の『ML-8000』。キーボード等、しっかりした作りはコストパフォーマンス最高。


 三菱電機のML-8000は、ROM 32KB、RAM 32KB、V-RAM 16KBという標準的なMSXスペックを備え、価格は5万9800円でした。私はこの価格がMSXパソコンの基準だと考えるようになりました。それにしても、この価格帯で本格的なJIS配列キーボードを搭載していたのは、プログラミング用途として非常に魅力的でした。

 本体背面にはプリンタポート、CMT端子、ビデオ出力端子、オーディオ出力端子、RF出力端子のほか、サービスコンセントやリセットボタンも備えており、低価格ながらしっかりとした構成に驚かされました。ちなみに、当時のMSXはRF出力でテレビに接続できるのも特徴のひとつでした。

 

『三洋電機のMPC-10』。右上の黒丸はライトペン置き場。

 

 一方、三洋電機のMPC-10(別名:WAVY10)は、価格が7万4800円とやや高めでした。基本スペックはROM 32KB、RAM 32KB、V-RAM 16KBで、三菱のML-8000と同等です。大きな違いは、標準でライトペンが付属していた点でしょう。これにより、MPC-10単体でテレビのブラウン管をキャンバスに簡単に絵を描くことができました。

 キーボードは50音配列で、当時は初心者向けにはこの配列が適しているという考え方も多く、MSXのかな配列は機種によってJIS配列だったり50音配列だったりとまちまちでした。人によっては気にならない点かもしれませんが、私は昔から日本語入力は”かな入力”だったため、50音配列では使いづらく、ここは重要な選択ポイントでした。

 この段階では、キーボードの理由からML-8000にしようと思っていたのですが、その月に発売されたコンピューター雑誌の広告を見ると、他メーカーのMSXパソコンが多数掲載されており、どれも”近日発売”とうたっていたため、さらに悩むことになりました。

 そして、11月〜12月にかけて発売されたMSXを吟味しました。

 

日立の『MB-H1』は、見た目が個性的でした。


 日立の『MB-H1』は、本体と電源部が分かれたノートパソコン風デザインで、キャリングハンドル(取っ手)付きのMSXパソコンです。バッテリー駆動ではないため、あくまで”ノートパソコン風”であり、部屋から部屋へ持ち運べるパソコンというイメージでした。移動先では専用モニターまたはテレビが必要です。

 キーボードは、キートップが指先になじむように凹み、列ごとに段差がある”シリンドリカルステップスカルプチャー”タイプで、疲労軽減が期待できる高級仕様でした。ただし、こちらもかなは50音配列。そのため却下かと思ったのですが、ROMカートリッジスロットが2つある点は魅力的でした。また、スピードコントローラーで処理速度を変更できるのも特徴です。価格は6万2800円でした。

 

ソニーのHITBIT『HB-55』はカッコよかった。


 ソニーのHITBIT『HB-55』は、松田聖子さんをCMに起用するなど、力の入れ方が印象的で、それだけでも当時は魅力的でした(※個人の感想です)。ただし、ROM 32KB、RAM 16KB、V-RAM 16KBという仕様で、メインRAMは少なめでした。

 スタイリッシュな本体デザインは好みでしたが、キーボードはいわゆる”キャラメルキーボード”で、かつ50音配列。ゲーム用途なら問題ありませんが、プログラミングにはやや不向きに感じました。

 

富士通の『FM-X』は、従来パソコンとの連携がポイント。


 富士通の『FM-X』は、同社の『FM-7』と接続することで機能拡張が可能な、少し変わったMSXパソコンでした。FM-X単体ではROM 32KB、RAM 16KB、V-RAM 16KBですが、FM-7に接続することでFM-7側のメモリを増設メモリとして使用でき、メインRAM 32KBのMSXとして利用可能でした。

 また、PSGを共有して6和音の発音ができたり、FM-7のシリアルポートを使用したりと、両機が協調動作できるのが特徴です。FM-7側にもメリットがあり、FM-Xのジョイスティックポートを利用できたり、FM-7のデジタルRGB出力をFM-Xの入力端子に接続することでスプライト機能が使えたりと、拡張性がありました。

 FM-Xの画面出力は、RF出力端子のほかにMSX規格外のデジタルRGB出力が可能でした。しかし、デジタルRGB接続ではFM-7と同じ8色しか表示できないなどの制約もありました。それにしても、老舗のコンピューターメーカーがいち早くMSXパソコンを発売したのは驚きでした。価格も4万9800円と低価格で、びっくりです。

 

ナショナルの『CF-2000』は、一番まとまっていた印象はありました。


 まだパナソニックが”ナショナル”だったころに登場した、同社初のMSXパソコンが『CF-2000』です。キングコングがイメージキャラクターでしたね。製品のリリースは9月に発表されてすぐにも発売される印象でしたが、実際に市場や広告で見かけるようになったのは11月頃でした(10月発売とする記事もあり)。個人的には気になるMSXパソコンのひとつでした。

 スペックはROM 32KB、RAM 16KB、V-RAM 16KBで、価格は5万4800円。キーボードはしっかりしていました。が、50音配列でした。この価格でROMカートリッジスロットが2つあるのは魅力的でした。

 

東芝の『HX-10D(別名:パソピアIQ)』のRAM 64KBは最強でした。


 東芝のパソピアシリーズから登場したMSXパソコン『HX-10D(別名:パソピアIQ)』は、ROM 32KB、RAM 64KB、V-RAM 16KBという仕様で、なんとメインRAMが64KBで価格が6万5800円でした。当時、メモリ容量は価格に大きく影響する高価なパーツだったため、この価格には驚かされました。なお、16KBバージョンのHX-10Sも発売されており、価格は5万5800円でした。

 しっかりとしたキーボードは、JIS配列です。パソコンメーカーとしては東芝も老舗の部類ですので、この構成はベテランパソコンユーザーにも響きました。

 このほかにもMSXパソコンは続々と登場しますが、まずはこれらの候補から自分の購入するMSXを選ぶことにしました。

 

悩みに悩めた、うれしい悲鳴

 

 まったく性能が同じパソコンを「んー、どのメーカーのパソコンにしようかな~」という悩み方をしてパソコンを選ぶのは、初めての感情でした。これまでのパソコンの買い方といえば、メーカーで選んだり、性能で選んだり、使いたいソフトウェアで選ぶなど、機種そのものの性能差(機能の違い)や価格で選んでいましたが、MSXパソコンはどれも同じ性能なのですから……。そういう意味では、価格やメーカーで選ぶことにもなるんですが、この感情は、テレビや冷蔵庫など家電を選ぶ感覚と同じだったんです。それは、くしくもMSXが目指すホームパーソナルコンピュータシステムではないですか。

 この1983年年末の私の苦悩は、うれしい悲鳴でした。性能が一緒かつソフトウェアなどに互換性のあるパソコンを悩みながら選んでいる自分の姿に、パソコンの進化を感じていたんです。ちょっと変わった感情かもしれませんが、それまでホビーにしか使えなかったパソコンが、自分たちのツールになりつつある気がしてなりませんでした。MSXは決して高性能なパソコンではないのですが、明らかにそれまでとは違った世界観を形成し始めました。この感情こそが、個人的には今もなおMSXを好きでいられるモチベーションになっています。他のパソコン対する好きとは違うものなのですよね……。

 

マイファーストMSXは、日立『MB-H1』でした。


 私の場合、悩みに悩んで購入した製品版MSXパソコン、つまりマイファーストMSXは日立のMB-H1でした。ROMカートリッジスロットが2つあってキーボードがしっかりとしているという点を重視しました。やはりプログラミングを第一に考えた選択でした。50音配列は、目をつむりました。ワープロをやらない限りは、そんなにかなは打たないなと判断しました。

 しかし、買ってから気がついたこともありました。日立のMB-H1のカーソルキーの並びです。上下左右の配置が特殊すぎて使いづらかったんです。これは悲しかったですね。約半年後、MB-H1はリビジョン2になってカーソルキーが思いっきり改装されました。

 

『MB-H1』リビジョン2で、カーソルキーが十字になりました。


 やはり、みんな使いづらいと思っていたのでしょうね……。

 その後自分は、MSX2、MSX2+までハードウェアを買い続けることになります。その頃には、もうプログラマーではなく、完全にゲーマーとしてゲームを楽しむ人になっていました。このあたりのお話は、またいずれここでお話しさせてください。いつか、MSX誕生秘話についても触れてみたいですね……。

 


パナソニック『FS-A1』は、MSX2の革命児。標準小売価格2万9800円は驚異的でした。

 

MSXのプロトタイプになったスペクトラムビデオ社『SV-318』。このお話もいずれ語りたいですね。

 

そして、今

 

我が家では、今もソニーのMSX2パソコン『HB-F1II』と『HB-F1XD』が現役で活躍中です。上の写真は、『HB-F1II』です。起動時に表示されるMSXロゴを見ると、当時の思い出がよみがえり、今でもワクワクします。

 

ソニー『HB-F1II』は、価格2万9800円。MSX2の集大成的ハードウェア。

 

『HB-F1XD』は、3.5インチフロッピーディスク付きで、価格は驚異の5万4800円。


 ちなみに『HB-F1II』と『HB-F1XD』は、どちらも1987年10月21日に発売された人気のMSX2機種でした。発売当時も『HB-F1XD』を持っていたのですが、当時のものは故障したため、やむなく処分しました。現在所有しているものは、MSXのゲームがまた遊びたくなって、2016年に中古品を買い直したものです。前述の通り、MSX2はMSXの上位互換機種ですから、MSXのゲームで遊びたい人にもオススメです。

 

今も遊びたくなる高橋個人所有のMSXのゲームたち。

 

 ところで、なんで2台も必要なのかって? 『HB-F1II』を買ったあとに実は『ウィザードリィ』をやりたくなって、ならばフロッピーディスクがついている『HB-F1XD』も買うかってなっちゃったんですよね(笑)。

 

MSX2販『ウィザードリィ』は、この画面のにじみさえも好きです。Apple IIっぽい。

 

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著者紹介
髙橋ピョン太

1980年にフリーでパソコン用ゲーム開発を開始。『ボコスカウォーズ』PC-8801版の移植の仕事をきっかけにアスキー専属プログラマーになり、80年代前半~90年代にアスキーのパソコン雑誌『ログイン』の編集者に転向。
その後は、どっぷりと編集につかり、『ログイン』6代目編集長を経て、ゲーム、IT系ライターとなり、現在に至る。Xではレトロなハードやゲームについてつぶやいています。
髙橋ピョン太のX(https://twitter.com/pyonta)

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