神奈川県横浜市中区。
海が近い横浜の中でもひときわ海側に出っ張ったエリア。横浜赤レンガ倉庫や横浜ベイタワー、大さん橋などの小洒落た観光地も中区にあるが、それよりさらに南東方向に位置し東京湾に近いのが“本牧”と呼ばれる地区だ。
葛飾北斎が描いた大波に荒れる断崖の突端ははるか昔に埋め立てられ、埠頭にはガントリークレーンや工場が立ち並ぶ。かつては在日アメリカ海軍の居住地“ハウス”もあり、いまでもアメリカ文化の残滓が残る独特の雰囲気を持っている。
今日の散歩はJR根岸線の山手駅からスタートし、本牧まで歩いていく。本牧に最も近い鉄道駅が山手駅なのだが、ここから埠頭の方や美しい庭園で知られる三渓園に歩いていこうと思ったら30分から1時間近くかかるというなかなかの陸の孤島エリアでもある。なんでもみなとみらい線や横浜市営地下鉄の延伸計画もあったそうなのだが、すったもんだあって結局実現していない。
元町付近から伸びる本牧通りに出て、ぶらぶらと海の方に向かって歩いていく。
ビシッとキメたおしゃれな不良と居留地ならではの色濃いアメリカ文化、そして『あぶない刑事』の港警察署があるちょっと危険な街、というざっくりした本牧の印象とは裏腹に下町チックな小さな商店街が点在するのどかな風景が続く。古めかしいアーケードがかかった商店街もあり、こっちのアーケードも好物な私としては多少の興奮は隠せない。
まだ開店前のピザとホットドッグの専門店の店内に、アメリカンレトロなメダルゲームが置かれているのを発見してさらに興奮。どこかにピンボールも隠れていないかな。
小一時間ほどで本牧埠頭の根元辺りに到着。ここから海寄りが埋め立てられた土地ということになる。
せっかくここまで来たので海をチラリとでも見ておきたいところだが、広々とした東京湾を拝むにはさらに30分ほど歩かねばならない。ここは埠頭の脇を走る水路の淀んだ水面で我慢してさらに進むと「海員生協 本牧店」が見えてきた。
海員生協とは、海の仕事に従事する人々の生活物資を販売する職域生協のこと。普通の生協とは一味違う商品を扱ってるほか、食堂が併設されてるといった特徴がある。お店の造りは簡素なのだが、学食とか社食とか市役所の食堂のようなそっけない雰囲気で食べるそっけない料理に魅力を感じる私にとっては妙に惹かれるものがある。いつか一通り巡ってみたいものだ。
その隣りにあるお店が本日一軒目の目的地の『U.S.S.シーメンスクラブ』。
シーメンズクラブは、長い航海でやってきた船乗りのために休息やレジャーを提供する施設だ。海外からの外航船員にとっては現地通貨への両替所でもあるという。もちろん海と関係のない一般の我々でも施設の利用は可能だ。
玄関を入ると奥の暗がりにはビリヤード台があるようで、ボールが弾ける小気味よい音が響いてくる。プレイしている人の姿は見えないが、勝手に屈強でハンサムなアメリカ船員を想像して異国感に浸ってみる。
その手前にはゲームコーナーがあった。
セガの『エキサイティングスピードホッケー』(1993)がドンと置かれ、同じくセガのクレーンゲーム『UFOあらかるとⅡ』(2004)が2台。初代『ワニワニパニック』(ナムコ/1989)に、お馴染みのアストロシティが計4台、電源も入れずに佇んでいた。
クレーンゲーム内にプライズはなく、アストロで使用されていたであろう椅子は重ねて積み上げられていた。どうみても廃墟一歩手前のゲームコーナーといった風情である。
2023年に訪れた時は、下の写真のように電源こそ入っていなかったものの筐体が整然と並んでおり、コロナ禍明けの復活を予感していた。だが予想に反して、8台あったアストロは4台に減りしかも上部スピーカー部が破壊されるなど見るも無惨な姿となっていた。この感じではゲームコーナーの営業が再開する可能性は低そうにも思えた。全台撤去という最悪のシナリオを想像したらなんだかとても悲しい気分になってきた。
気を取り直して、併設のレストランでランチでも食べよう……と思ったら、入口には準備中の札が。愕然とするが、店内ではお客さんがまだ食事をしているのでダメ元で給仕さんに聞いてみたらまだやっているとのこと。単に札が風で裏返っていたようでホッと胸を撫で下ろす。
さて、今日の気分はエビフライの乗ったシーメンスカレーか、日替わりのグリルチキンか……。頭から湯気が出るほど悩みに悩んだ結果、ポークソテー生姜焼きを注文。ただの豚の生姜焼きとはなにか違うのかな。
ライスとスープは好きな量を自分で盛るシステムらしい。令和米不足の昨今、気兼ねなくライスを頬張れるのは嬉しいじゃないか。おっ! スープと言いながらこれはホワイトシチューだ! おかずがもう一品増え、さらにテンションは上がる。
まもなく運ばれてきたポークソテーも実に堂々としたサイズ。味は生姜焼きなのだろうが、これは確かにポークソテーだ。付け合せもバラエティに富んでおり、一本丸ごとの春巻が存在感を放っている。1100円とは思えぬ豪華さに相好を崩し、ご機嫌でランチに取り掛かる。
場所が場所だけに店内に人はまばら。土曜日のゆっくりランチにはちょうどいい穴場といえそうだ。ライスを一回軽くお代わりし、全てキレイに平らげてセルフサービスのホットコーヒーをもらう。バニラフレーバーが効いてこれまた洒落ている。
多分ゲームコーナーの復活はなさそうだけど、可能性を信じてまたここでランチを食おう。あ、そうなると海員生協でのメシがまた遠のいちゃうな。
お次は、バブル期の1989年に開業したショッピングセンターに向かう。米軍に接収された広大な土地が返還された跡地に作られた巨大な商業施設で、周辺に建ちはじめていた高級マンションとともにバブル絶頂期を象徴するようなド派手な姿が話題となった。初年度は東京ディズニーランドを超える来場者を集めるが、バブル崩壊で急速に消費が冷え込んでいく中、一軒また一軒とテナントは減り、現在ではイオン本牧店とベイタウン本牧5番街を残すのみとなった。
当時の賑やかさは知るよしもないが、現在はごく標準的なショッピングセンターに落ち着いた感じ。周辺住民にとってはかけがえのない食料調達場所といえる。この規模だと近くに鉄道駅がありそうと思ってしまうが、最寄りの山手駅は最短コースでも3kmほど先になる。
ベイタウン本牧5番街はスーパーマーケットやファッション店、飲食店などがあるショッピングセンター。3階には100円ショップのダイソーやリユースショップのワットマンが入居している。ワットマンはなかなかの大型店で家庭用中古ゲームの取扱いもあるので、冷やかしてみるのも悪くない。
迷路のような複雑な構造で、やたらと空きスペースが目立つ荒廃したダンジョンのようなフロアをぐるぐると巡っていくと雑貨店の『シュガードロップ』が姿を表した。
パッと見はヴィレッジヴァンガードのような圧縮陳列系雑貨店で、店内のみならず店外にもびっしりと雑貨が吊るされている。よく見ると懐かし系のキャラクター物が多いのが特徴だ。
外向きに設えられたウインドウには『Bugってハニー』などのハドソンTシャツやハドソンジョイスティック、『RUNNING BOY スター・ソルジャーの秘密』の映画ポスターなどハドソングッズがきれいに展示されている(非売品)。
そのグッズには一個一個、高橋名人のサインが入れられており、サインの日付もそれぞれ異なっている。足繁くイベントに通って手に入れたか、このお店まで名人がやってきたのかはわからないが、オーナーの高い熱量がビシビシ伝わってくる。
ゲームキャラクターグッズやファミコンソフトなども扱う店内を一通り見て回り、パックマンのステッカーでも買っていくかとレジに向かうと、一枚の貼り紙に目が惹きつけられた。そこには2025年11月いっぱいで閉店する旨が書かれていたのだ。
お会計をしてもらいながらさりげなく話を聞くと、辞めたくはないが賃貸契約の終了でやむなくということらしい。ひょっとしたらビルの建て替えが行われるのかもしれない。お店はまた別の場所での再開も検討中とのことなので、吉報を待ちたいところだ。
写真撮影の許可もいただいたので、店頭に置かれた『超時空要塞マクロス』(バンプレスト/1992)をプレイすることに。昨年12月にアーケードアーカイブス(ハムスター)にて初の家庭用移植がなされ、アケアカアワード2024の最優秀賞を受賞した人気作品だ。アニメ版権のゲーム化作品の移植には通常よりも多くのハードルがあるがそれをひとつひとつ解きほぐして移植を実現したことは非常に意義深い。
マクロスを収めた筐体は縦画面仕様の駄菓子屋ミニアップライト。コントロールパネルにはネオジオMVSのパネルがハメられており、こだわりを感じる。通路にはみ出さないようにすっぽりと収まる様子も見事だ。あ、100円2プレイか。子どもでも遊びやすいね。
店頭には他にも、「機動戦士ガンダムF91」をモチーフにしたモンタージュメダルゲーム『F91パーフェクト3』(バンプレスト)や「スーパーマリオブラザーズ3」をテーマにしたコナミ製のルーレットメダルゲームが並べられている。
大人には懐かしく、子どもには新鮮でもある賑やかな商品展示は、昨今数を減らしている町のおもちゃ屋さんを思い起こさせる。なんだかんだ子どもはおもちゃ屋さんに惹きつけられるものなので、このお店がなくなれば悲しい想いをする子も多いことだろう。
私としてもここまで来る理由はほぼこのお店だったこともあり、次に来るのはだいぶ間が空いてしまいそうな予感がする。
ちなみに、ベイタウン本牧5番街の空きテナントスペースにはちょいちょいゲームコーナーが組み込まれており、以前はなかったゲームコーナーが今回もオープンしていた。“ショッピングモールの空きテナント、次の正式入居が決まるまでゲームコーナー化する問題”は、ゲームファンとしては一見喜ばしく思えるが、正式なテナントが決まった瞬間に撤去されてしまうという危険もはらんでいる。この危うさは個人的にはあまり好ましくないと感じる。それでも施設の賑やかしになるだけマシなのかもしれないが。
山手駅へと引き返す途中、テーブル筐体が置かれた筐体喫茶『5spot』でクリームソーダを飲んで一休み。
ロイヤル電子のヒット作『ロイヤルマージャン』(ロイヤル電子/1981)のインストラクションカードが入っているが、前に来た時にすでに故障していると伺っていた。ハードに使い込まれたボタンのアルファベット表記が消えてしまい、マジックで書き足されたコンパネをしみじみ眺め、この台がこの場所で過ごしてきた長い歴史に思いを馳せる。
最後に、山手駅の近くの銭湯・いなり湯に立ち寄り、汗を流して長かった散歩を締めくくった。この前週に腎臓結石が発症し、痛みで七転八倒するハメになっていたのだが、ここの黒湯の重層冷鉱泉は結石にも合うとのことなので、祈るような気持ちで浸かる。
それなりに実りのある散歩だったが、どこもかしこも明日にも無くなっておかしくない危うさのあるゲームたちばかりだったことが気にかかる。もちろんそれは本牧だけの問題ではない。だから行けるうちに訪れておかねばな……と改めて気を引き締め、頭の先まで黒湯に沈めた。
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